『新釈 眞田十勇士』の重要な舞台となる上田城は、二度に渡って徳川の大軍を引き付け撃退したという戦歴を持つ名城です。 現在も長野新幹線の車窓から見える城址には櫓が残っていますが、これは江戸時代になってから再建されたものの遺構で、眞田氏当時の建造物は残っていません。 しかし堀や石垣は眞田氏当時のもの(或いはそれを再掘削したもの)と言われ、その全体像を窺い知る手がかりにはなっています。
かつて山鹿素行の『武家事紀』の中で第一次上田合戦の模様が描かれ、「天守閣もない小城と徳川方が侮った為に敗北を喫した」との趣旨の記述があったため、「上田城には天守閣はなかった」というのが長く定説になっていました。 しかし近年の研究で金箔押しの鯱瓦の発掘などから三層望楼型天守が西北の角に存在したのではないかと考えられるようになっています。
そうは言っても実際にどんな建物だったのか、それは想像するしかありません。現在の上田城や古図を頼りに、当時の建物が残る松本城などを参考に描いています。(松本城を作った職人が呼ばれて上田城の築城に携わったという伝説もあるようですから、構造物が似ていてもおかしくはないわけです)
本丸内に屋形があったのかどうかなども諸説ありますが、絶対無かったという証拠がない以上はあったと解釈してもいいだろうということで………。まぁ、その辺は歴史の教科書を作ろうとしているわけではなくあくまでエンタテイメントですから、制作上都合のいい解釈をしているところもありますが、結構まじめに取り組んでいる、と、思っていただければありがたいです。